2017年3月19日 (日)

sn-14 Hasse Bruniusson plays the music of Samla Mammas Manna

Hasse Bruniussonが活発だ。「Hasse Bruniusson plays the music of Samla Mammas Manna」としてライヴを始めた。5月にはイベント出演が予告されている。そして、これにモニョってる日本のファンが、複数いらっしゃる。「個人的には、理解できませんな!」とまで言って怒ってる人がいたので、なぜそう思うのか尋ねたけど、ちゃんとしたお返事はいただけなかった。だから想像するしかないのだが…
 
かつて「Samla Mammas Manna」というバンド名義の使用権を巡って、バンド内で紛争があり、ことは法的な争いにまで発展した。「Euro Rock Press」誌14号のインタビュー記事、及び拙ブログの過去記事「Hasse's comment」「Lars' Comment」をご参照いただきたい。
ラーシュとコステについては、個人的に親しい日本の人たちがスポークスマンとなって情報発信してきたし、加えて「日本の誇り」吉田達也が正規メンバーとして迎えられた経緯があり、「吉田サムラ」に思い入れ肩入れする人が多かったはず。これに異を唱えたハッセに反発する人がいるのも、理解はできる。しかし不幸なトラブルも、法的決着を見てから既に十数年経った。状況は変わった。
 
ラーシュはこの世を去った。過去記事に少し書いたが改めて、2007年1月に彼から直接聞いたことを記録しておく。
 
LH「サムラは私のものではない。コステ、ラーシュクランツ、吉田達也のものでもない。もちろんハッセのものでもない。サムラは、誰の物でも無いんだよ。それをハッセは、自分の物にしようとした!…だけど、私は彼を許すことにした。彼も苦しんだはずだ。今は、彼が幸せに過ごしていってくれることを願っているんだ。」
 
遺された3人、コステ・クランツ・吉田はどうだろう。'09年、3人が集ってラーシュのトリビュートライヴを行ったが、その時の事も過去記事で触れた。コステは「サムラ・サーガの、すばらしい終幕だった」と語ったそうだ。いつも新しいことに取り組んでいて、今が大事で過去に拘らないのがコステ、彼はそれで良いのだろう。でも私は、これでサムラの楽曲がオリジナルメンバーで演奏される機会は無くなったと思って、とても寂しかった。
 
音楽家は必ず死ぬ。一方音楽は、再生され再演され、人々が耳を傾け話題にする限り、いつまでも生き続ける。人々がそれをしなくなり、やがて忘れ去った時、音楽は死ぬのだと思う。メンバー全員が青春を賭して作ったサムラの楽曲は、このまま忘れられていくのではないかと危惧していた。
 
ハッセは単なる一時的なメンバーではない。オリジナルメンバーであるだけでなく、クランツとは15歳の時から共演していたそうだし、コステもエイノも彼がバンドに連れてきた。サムラの曲が変拍子まみれになったのはハッセが大変なプログレヲタクだったからで、彼が居なかったら、サムラはもっと平凡なブルージーでジャジーなロックバンドになっていたかもしれないのだ。'97年に観たサムラのライヴ、その時点では、ハッセがステージを牽引しているように思えた。ハッセは音楽面でも運営面でも、ラーシュに勝るとも劣らないバンド貢献をしてきた人だ。
 
そしてそもそも彼がサムラを名乗りたがったのは、別メンバーを集めてサムラの楽曲を演奏したかったからだ。その気持ちを持ち続けて今、サムラの曲を演奏している。名義とか、もうどうでもええやん。それよりサムラの音楽が甦る、その事の方が、一サムラファンとして重要に思えるし、嬉しい。このタイミングでのハッセ復活、私は期待応援したい。
 
で、映像が公開されていたので見てみたのだが。私が世界一好きなドラマー、ハッセ。全く衰えていない、意志に溢れる演奏だ!嬉しくて、涙が出た。しかし、他の3人は…凄腕揃いなのに、ちょっと「やらされ感」が漂ってるなあ…こらー、サムラの曲だぞ!もっと真面目に(もしくは不真面目に)やれー!…いやいや、まだスタートしたばかりだから、こんなものなんだろう。これからはきっと、もっとこなれた演奏を聴かせてくれるんじゃなかろうか。期待します、行けませんけど。

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2015年10月25日 (日)

etc-3 光る風 / お伽噺 Otogi Banashi-Bauvu gi Telcka-

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光る風 / お伽噺 Otogi Banashi-Bauvu gi Telcka- ('15、CD-R no number)

最近気になっていた広島の「光る風」、小林義男(G. Key. Programming)紫水(Vo.Pec.)のデュオ。その初リリースを聴いた。まさかの高水準作、日本プログレ史に銘記されるべき傑作だったので、ここで紹介したい。

1曲目はツェッペリンの援用で知られる英トラッド「Black Waterside」のカバー、インド風アレンジはビートルズリスペクトか。春を告げ吹きわたる3月の風のようなヴォーカル。歌姫紫水の逸材っぷりは明らかだ。この路線でアルバム1枚くらい作れそうだが、そうはならない。全8曲がすべて異なるベクトルを示し、歌も曲ごとに違う表現を追求している。逐曲解説は避けるが、ストレートにプログレ風なのはタイトル曲だけかもしれない。他に近代クラシック、現代音楽、インプロヴィゼーション、歌謡曲、ヴォーカロイド風、メロトロン、ミニムーグ、等々。タイトル曲は2Versionが収録されているが、ラムゲート語という独自言語によるものだ。いわゆる「おもちゃ箱的」な作品だが、8曲どころかアルバム8枚分くらいのアイデアの奔流が押し寄せる。

こんなタイプの作品は、とっ散らかって雑然とした印象を抱かせる危険を秘めている。そうならないためには、幅広い表現力と、メンバーのコンビネーションによる求心力のようなものが無くてはならない。この作品にはそれがある。かつて「おせっかい」や「アイランズ」にあったような「それ」が。結果的に、1曲だけ取り出して「これ、プログレですか?」と尋ねられるとちと困るが、にもかかわらず素晴らしいトータル性を持つアルバムに仕上がっている。8つの星が、ひとつの星座として輝いている。古臭いことを言うようだが、本作は「プログレ」ではないのかもしれない。プログレファン向けに作られた「いわゆるプログレ」ではない。新境地を拓いていくそのエナジーにこそ魅せられる、原理的な意味での「プログレッシヴ・ロック」の大傑作だ。

広く聴かれて欲しい作品だが、残念なことに現在ライヴでの手売りに限られていて、流通に乗らず店頭取扱も無い。気になる人は以下に問い合わせしてみてほしい。
hikarukaze.hiroshima*gmail.com (*→@)

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2015年1月 2日 (金)

si-46 Samla Mammas Manna & Ron Geesin / Live 1975

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si-46 SMM & Ron Geesin / Live 1975 サムラ・マンマス・マンナ&ロン・ギーシン / Live 1975 (Marquee/Belle Antique BELLE 132062 '13 日)

スウェーデンのラジオ局に残された'6~80年代の放送用ライヴ音源を、Coste Apetreaが3年越しでチェック・整音して40枚組のBoxセットでリリース。本作はその中から「Legendary Swedish Radio Archives Vol.1」として単体で日本先行リリースされたもの。表記が「マンマス」となったのは日本盤では初めて、専門誌周辺では過去確認が難しかったヨーロッパの固有名詞日本語表記を順次整備しているようで、これも正確を期しての改変だろう。このシリーズの第2弾として「ネイチャー&デイヴ・グリーンスレイド」、第3弾として「ダイス」も発売された。

ジャケはシンプル、昔の岩波文庫みたいだ。内ジャケにはRon GeesinとCoste Apetreaのコメントが載っている。'75年春のフィンランドでのライヴ、前半3曲がサムラ、後半6曲がロンの演奏だ。そして10曲目は両者の共演という流れだ。サムラのアルバムの多くには何らかのライヴテイクが収められているのだが、フルステージの様子が伺えるライヴ盤はこれまで「Dear Mama」だけだった。昔からちゃんとした往年のライヴ盤が出ることを願ってきたが、ついに待望の、過去のステージの様子を伝える正規ライヴ盤が登場した。ただ、その間に時代は変わった。以前は熱心なマニアがテープトレードでやりとりしていたこんな音源も、今ではネットで簡単に手に入るようになったから、既に聴かれた方も多いのではないか。個人的にはサムラの部分だけは昔からテープで馴染んでいて、このCDだと前半のみ既聴ということになる。だが本作はオリジナル音源をリマスターしたものだから、さすがに音質が良い。サムラの3曲は即興を含まないコンポジションばかり。いずれもこの時期レパートリーに加わったらしい、新しい曲。

1曲目「イカロス Ikarien」はサムラの大曲代表作、ここでは17分の演奏になっている。「鳥人間」冒頭のIngentingをイントロに、変幻自在に展開していく。この頃からレパートリーになっていたが、'99年「Kaka」で3つのパートに分割された新アレンジで世に出た。ただ以前書いた通り、Costeは'78年のファーストソロ作でこの曲を部分的に援用している。また'00年12月4日、Larsは初来日公演初日に、ポチャ・カイテ・マルコと共演したサムラ再現バンドSamla Manneslu Malkoでこの曲を演奏した。このチョイスは'79年ZMMのライヴテープを聴いていた桑原さんの提案だったが、卓見だったと思う。前年の「Kaka」でアレンジし直したばかりの曲を、昔のヴァージョンで再演することになったLarsは「とても妙な気分だ」と言っていたのを思い出すが、当日の彼はポチャを引っ張りつつ、メロディオン一本でこの大曲を吹き通して見せた。ドラムの立岩さんが、予習のためにドラム譜を書いたらパートが40くらいになって参ったと言っていた。「レゴミュージック」と言われたサムラ楽曲の中でも最もめまぐるしい曲なのだが、再アレンジされた'99年のKakaを除いて'75年の本作・'78年のコステ・'79年他のZMMライヴ・'00年の日本のテイクを聴き比べると、多少のテンポ変更等はあれど、'75年の時点で既に完成形だったことが分かる。ただ'02年の吉田さんが参加したツアーでは、Kakaでの3分割バージョンが演奏されていた。

2曲目「キューバは楽し Kuba är bra」は正規盤初登場、当時のレパートリーながらKakaで採用されなかったレア曲。冒頭のMCは「キューバから来ました」とか言ってるのかな、サルサの陽気なフェイクだが、やはり彼ららしい出来。スローなテンポとギターの雰囲気から、昔の「マーキー」誌の特集記事には「ハワイアン風」と書いてしまった。

3曲目「運命 Ödet」はZMM2枚組収録の、やはり代表曲。'70~'00年代を通してライヴレパートリーになった唯一のナンバー。VZ時代の音源も「1983」のボートラで確認できる。ただし吉田さん加入後のライヴではどうなんでしょう、よく知らない。ここでは8分ほどの演奏、やはり楽曲は完成しているがアンサンブルはまだ万全じゃない印象。というかこの曲はスタジオ盤の完成度が神で、ライヴでは結構ユルく感じてしまったりする。

続くロン・ギーシン。「原子心母」のオーケストラアレンジと、ロジャー・ウォータースとの共作「ボディ」で有名だが、他にも様々な要素をミックスした実験的ソロ作品を多数出している。ここではピアノ・バンジョー・ヴォイスによるインプロを展開している。なぜ彼が、サムラと共演?聴くまではそう思っていたが、聴いて納得、奇天烈なヴォイス中心のとっ散らかったパワフルな演奏で、十分にサムラと張り合っている。10曲目での共演も完全にマッチ、というか一人でサムラと十分に渡り合っている。まさかこんなことやってるとは思わなかった、相性が凄くいい!フィンランドのTapio Kが構想してこの共演を実現させたようだが、コステも「perfect match」だったと回想している。

以前紹介したテキストに、後にラーシュ・ホルメルがこのツアーを振り返って紹介する部分がある。

「1975年の間中、僕たちは元気にコンサートツアーをこなしていった。中でも、イギリスの多才なミュージシャン、ロン・ギーシン(Ron Geesin)と近づくことが出来、親交を深めた。僕たちとロンは一部のライヴ‐即興をスウェーデンとフィンランドで一緒に行った。
ロンとの関係は続いており、恐らく今後も僕たちの間でいくつかのプロジェクトを作ることになるであろう。」

'78年時点でのコメントだが、その後彼らの共演は実現しなかったものと思われる。

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2012年12月24日 (月)

sn-13 再訂正、深謝!Lars Hollmerの命日は12月26日です。

私は彼の命日を当初27日、後に25日と書きました。今回改めて確認したら、彼は12月26日の早暁に亡くなったというのが正しいようです。今回は、Costeの親友からCosteが言ったこととして伺ったので、間違いないと思います。訂正再周知のうえ、こんな重要な事を長い間誤ってお知らせしてきたことを、猛省深謝いたします。

弁明として、経緯を書かせてください…

2008年12月28日、私は彼の死去を報じました。その日の朝、スウェーデンの友人二人がメールで「昨日、彼が亡くなった」と知らせてくれたのです。だから私は27日が命日だと思い込んでしまったのですが、北欧との時差があります、26日と考えるのが当然でした。お恥ずかしいことです。

ところがその後、私に勘違いを気付かせてくれたのは、別の情報でした。Accordion TribeのHPにGuy Klucevsekが、訃報と切々たる追悼文を載せていたのですが、その日付が25日となっていたのです。彼ほどの親友なら間違いない、Larsが亡くなったのは25日なのだ。そう思って訂正記事を書きました。

しかしLarsが亡くなったのが26日の早い時間としてみると、それも説明がつきます。またしても時差が、アメリカとスウェーデンの間にもあります。Guyが知らせを受けたのが米での25日だったというのはあり得ることです。また彼が、動揺して日付を間違えた可能性もあります。

ちなみにWikipediaでは、英語ページでは25日となっていますが、これはやはりAccordion Tribeのページをソースとしています。一方スウェーデン語のページでは、現地の新聞記事をソースに26日としています。やはり後者が正しいと思われます。

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2012年10月31日 (水)

si-45 Anders Widmark Trio / Visor

P1070659 Anders Widmark Trio - Visor (Blue Records BRCD 1010 '10)

スウェーデンのコンテンポラリージャズ畑からAnders Widmark Trio。2010年のこのアルバムは主に現地でおなじみの曲をカバーしていて、Boeves Psalmも収録されている。繊細なジャズピアノトリオ曲集だが、一部の曲はベースもドラムも不在で全くのピアノソロ、それにBoeves Psalmも含まれる。音数を絞りタメを効かせた演奏は、ストイックに原曲の優しさを追及していて、とても良い。前述したJanne Lucasの、同じピアノアレンジだけどマニエリスティックでゴージャスなテイクと聴き比べると、まるで違っていて面白い。

CDは入手しづらいが、MP3のDLなら買えるし試聴もできる。Anders Widmark Trio で検索してみてください。

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2012年8月26日 (日)

si-34a ジャンヌ・ルーカス・オーケストラ / 愛と哀しみのノクターン

P1070654_2si-34a ジャンヌ・ルーカス・オーケストラ / 愛と哀しみのノクターン (日Warner Pioneer P-11303 '83)

Janne Lucas / Boeves Psalm の日本盤LP。「存在しているのではないか」という予想の下、3年探してついに発見した一枚!ウン百円だったんだけど。オリジナルとジャケは一緒だが、ロゴが異なり「Ⅲ」と加えられている。サードアルバムであることを強調しているわけだがそれはあくまでも日本でのリリース順であって、内容はオリジナルアルバムと比べると、半分くらいの曲が差し替えられた日本独自盤である。しかしBoeves Psalmが1曲目に来ているのは変わらない。トホホな邦題「恋人達のメロディー」も変わっていない、というかこれが最初なのだろう。

サムラが所属したSilenceとRecommended Recordsは、日本盤アナログがほとんど出ずに終わったレーベルだ。メンバーの関連作も、一時期のCosteを除くと大手レコード会社との接点がほとんど無かったから仕方ない。このアイテムはおそらく唯一無二の、サムラ関連作の日本アナログ盤と言う事になる。本国盤の翌年、'83年にリリースされている。時期的に、これはかなり早かったと思う。整理すると

'81 Lars Hollmerの1stアルバム発売、Boeves Psalm収録
'82 Janne Lucas / Boeves Psalm発売
'83 同上日本盤発売、本国ではBoeves Psalmシングル盤発売

また前述したように、このテイクは韓国でも広く知られているようなので、時期は不明だがJanneの韓国盤が出ていた可能性は高いと思う。Janneが早い時期にBoeves Psalmのカバーをリリース、それが各国盤になるくらい売れたことは、原曲が有名になるにあたって大きな後押しになったと想像される。

http://youtu.be/13zPiISMToU

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2012年8月 5日 (日)

sn-12a Lars Hollmer Tribute #2 - 2012.7.27(金) 吉祥寺MANDA-LA 2

2012072718040000 7月27日吉祥寺Manda-La 2。偶然仕事の都合がついてライヴに行けたので、ざっとコメントを書いておきますが、当日のことより思い出話が多くなってしまいそう、ご容赦ください。細かい部分については、他に書く方もいらっしゃるでしょう。

Boevesはアコーディオンばかり4人のユニット、向島さんを中心に、ラーシュの音楽を愛してやまぬ人たちが集まった。メンバー佐々木恵美さんのツイートに「かわいい曲、しんみりと泣きたくなるような曲、かけずり回る曲」とあったがまさにそんな選曲。部活のようなノリで楽しくも熱い練習を重ねてきて、本日が初ライヴということだ。実際、みんな実に嬉しそうに演奏していて、LHの曲を楽しんでいる感じが伝わってきてとても良い。しかし一方、早くて複雑なプレイヤーいじめのような曲では、ヘビーな練習もあえなくアンサンブルがグダグダになる場面も…そんな時客席から、巧みな手拍子でバンドを応援というか引っ張る人がいて驚いたが、どうやらZabadakの吉良さんだったようだ。キャラ立ちの良い4ピースバンドは観ていて独特の楽しさがあるけど、4人が同じ楽器なのでさらに各々の個性が輝く。そしてアコーディオンばかりの生音の厚みには、ごくたまにだが不思議なトリップ感があった。バンドの傾向には合わないかもしれないが、Dronなんかも聴いてみたいなあ。歌物では小峰公子さんとアラン・パットンさんによる日本語訳詞での歌、これも意外だけど素晴らしい試みだったと思う。最後は、拙ブログも書いた曲の由来を紹介してからBoeves Psalm。これは本当にしみじみしました。活動を継続するということなので、Accordion Tribeを打倒して甲子園出場を目指してほしいです。

SOLAの公演に私は'00年・'01年と、役立たずのスタッフとして関わった。スウェーデンツアーの時も一緒に行かないかと誘っていただいたが、さすがに都合がつかなかった。その後考えあって場を離れたので、今回は11年ぶり3回目の観戦となる。

12年前の初ライヴは同じManda-La 2が会場で「日本座村」というバンド名だった。私のハンドルネームが由来で、これを考えたのはスタッフのKさんだったが、彼が自分のアイデアにご満悦だったし内部から反対も無かったのでそのまま採用されたものの、私としては光栄な気持ちに加え、ミュージシャンの皆さんに申し訳ない気持ちが強かったので、LHと向島さんの案でSOLAと改名された時にはホッとした、という経緯もあった。ただしKさんは、単身初来日するLHを迎え撃つ日本側ミュージシャンとしてこの5名を人選した、大功労者であったことも強調しておきたい。そして公演は、バンドの固さは見て取れるものの、個人的な乏しいライヴ観戦歴でも屈指の感動的なものだったと思っている。

懐かしい会場での懐かしいメンバーによる演奏。大熊さんの凛々しい立ち姿、向島さんの赤いトイピアノ、浦島太郎にはもう何もかもが懐かしい。SOLAは一体感が強化されつつ、とてもリラックスしていて、私は終始幸せな気分で観ることができた。強面の吉田さんやナスノさんにも笑顔が見える。ただ坂本さんはずっと真面目な顔で弾いていた。12年前、終演後ステージ裏に引き上げてきた彼の第一声が「今までで一番難しかった…」だったのを思い出した。ついでに向島さんの一言は「ふぇ~んごめんなさ~い(泣)」だったが、アンコール曲Nowの名演の後でそれは無かろう、と思ったものだ。そのNowを含む懐かしい曲の数々、さらに個人的にSOLAで初めて聴く曲もあり、特にTivolimarschは、先日拙ブログで「これはバンドでやりたくて書いた曲だろう。SOLAのメンバーに突きつけて『これが新しい課題曲だ、どうだい?』ってニヤニヤしながら言う様子を想像してしまった。」と書いた、LHの新作「With Floury Hands」からの曲だ。ああ、やはり彼らもそう思ったんだ…

通して楽しく充実したライヴだったし、LHの曲が溢れていたので、演奏中は彼が不在であることの欠落感を感じることはなく、霊媒を通じて彼と再会しているような幸福感があった。しかし終演後、外に出て蒸し暑い吉祥寺の町でなんとなく上を見上げた時…一瞬だが、夜空が落ちてのしかかってくるかのような圧迫感に見舞われ、恐怖にちかい哀しみの感情に囚われた。不思議な体験だったが、彼はこの夜の事もきっと空から見ていて、大得意だったに違いない、そうも思った。

写真は12年前のメモラビリア、メモ紙はLH手書きのセットリストだ。

P1070652

追記:10/29、コメントを受けて本文を訂正しました。また「日本座村」のネーミングは別のスタッフのアイデアだったとのことです。そうなのかなあ、記憶と違うんだけど…なお前日のユニットとは、ラーシュ+ポチャ・カイテ・マルコでサムラのカバー曲をやる「Samla Manneslu Malko」でした。

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2012年7月22日 (日)

sn-12 Lars Hollmer Tribute #2 - 2012.7.27(金) 吉祥寺MANDA-LA 2

もうご存知かとは思いますが、吉祥寺で表記のライヴがあります。下記は会場MANDA-LA2、スケジュールに載ってます。私はなんとか都合がついて、見に行くつもりでいます。懐かしい初来日の会場ですね、私はアレ以来で伺うので、12年ぶりです。

http://www.mandala.gr.jp/man2.html

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si-44 Lars Hollmer - ウィズ・フラワリー・ハンド(スケッチズ) / Med mjölad hand (Skisser)/ With Floury Hands (Sketches)

P1070646_2 Lars Hollmer - ウィズ・フラワリー・ハンド(スケッチズ) / Med Mjölad Hand (Skisser) / With Floury Hands (Sketches) (Cuneiform Records Rune 340/341 ディスクユニオン DUSC014 '12)

2012年5月8日がCuneiformの告知した発売日だった。私の手元に届いたのはその数日後だが、しばらく放置してしまった。興味が無かったら、予約なんてしない。聴くのがなんだか怖かったからだ。ブックレットにある息子Gabriel氏のテキストにも、同様の気持ちが窺える。父Lars Hollmerの死後は当分の間、辛すぎて生々しすぎて、音源を聴きなおすことができなかったそうだ。分かる。にもかかわらず、彼は本作の編集に取り組んだ。’07年、家族の食卓で妹Rindaが発した一言に父Larsが大笑いして、当時製作中だったViandraのさらに次のアルバムタイトルはこれで行こうと言ったこと、その父がViandra発売後も過去音源に向き合い、新しい録音に向き合い続ける現場に接していたこと。それらが彼を、亡父と「半ば約束していたこと」として、本作の製作に駆り立てた。

CDは全26曲、予想通りそして彼も断りを入れている通り、LH本人が完結させた作品ではない。未完成だったり中途半端だったりする曲もある。それでも、以前の発掘音源集「Autokomp (A)nd More」と比較してもはるかに充実している。十分に聴きごたえのある新作だ。以前Viandraの時にも書いたけど、彼の曲はその背景を想像しながら聴くのが楽しい。そして今回はブックレットで、全曲に短いコメントが添えられているのが嬉しい。しかしこれは曲の「種明かし」ということで、聴いた後に読むことを再度お勧めしたい。また日本盤には大熊ワタル氏による解説がついているがこちらもすごく良い内容、特にLarsの若い頃の音楽活動が詳しく書かれているのが貴重。だけどこういうことは、本人に直接聞いておけばよかったなあ、とも思ってしまう…4時間の音源からセレクトされたとあり、「じゃあもっと出せよ」という声も上がりそうだが、Gabriel氏が個人的な想いを込めて精選した本作を、本当にLars Hollmerの最終作として受け止めたい。

曲は従来の彼の路線に沿ったものが多いが、詳しくはテキストの注釈に譲り、ここでは個人的な蛇足をいくつか。

1曲目が特異だ。彼の曲でフェードインって珍しい、というか思い出せない。打ち込みのリズムに白玉と、泣きのシンセソロというか緩めのアドリブが乗ってくる、かつて無かったパターン。Virgin時代のAsh Raみたいだ、いやマジで。心地よい。
2曲目、素朴で暖かいアコーディオン曲だがメロディーが良い、実は本作の目玉曲だ。私は初聴の翌日、仕事中に知らない間に口ずさんでいた。
11曲目。曲名知らないけどコメディーの定番ジングル、ZMMのライヴでもやっていた「ちゃららららん、ちゃららららん、ちゃらっちゃちゃんちゃんちゃん!」あれから始まるサーカス風な二転三転の展開。これはバンドでやりたくて書いた曲だろう。SOLAのメンバーに突きつけて「これが新しい課題曲だ、どうだい?」ってニヤニヤしながら言う様子を想像してしまった。
14曲目、これも注目だ。Eino Haapalaのクレジットがある。コメントには「Von Zamlaの回顧」とあるが、'80年代中盤、感触としてLarsの4枚目ソロ「Tonöga」の頃の録音ではなかろうか。ちなみに’07年Larsの家を訪れた時、Einoの事を聞いたのだが、「彼はごく近所に住んでいるが、もうギターを弾いていない、ポエトリーリーディングのライヴをやったみたいだが」という答えだった。

そのあと数曲、家族にまつわる曲が続く。それぞれコメントが沁みる。逆に終盤は、レコメンヲタクの期待に応える曲が並ぶ。

19曲目。昔は世間の音楽的クリシェに反発していた彼、というかサムラ。次曲のイントロとしてこれを置いたのは、Gabriel氏の配慮か、Lars自身のお遊びか。
20曲目はカナダのMiriodorに提供した曲のオリジナルヴァージョン。Miriodor / Parade+Live('05)に収録されている、そして本作のDVDでは共演シーンが見れる。
24曲目、同名のアルバムがあったがこの曲は収録されていなかった、どういう経緯だったのだろう。コメント通りの美しい小曲だが、気になる。
25曲目、Looping Home Orchestra / Live 92-93('94) 収録曲のオリジナル。希望と明るい未来を予感させるメロディーは、シンプルな曲に仕立てることもできたはずだが、重層的で広がりのある仕上がりになったのはご存じの通り。
終曲「In the RIO」。タイトル通り変拍子のもっともらしい小曲、まだ発展の余地がありそうで、こういうのは残念というより無念だ。

DVDも長尺だ。まずポルトガルのGouveia Art Rock Festivalでのライヴから11曲、そしてExtra TrackとしてスイスのWeite,Heuwiesseでのライヴから7曲、Gouveiaでのインタビュー映像。いずれも2005年の演奏だ。

前半はプロショットを編集してあり、ソロで7曲、Michel Berckmansとのデュオで4曲、そしてMiriodorが参加した上記CDの20曲目。来日公演でも演奏していた定番曲が多いが、例外もある。

1曲目はなんとViandra!’08年の同名アルバムの曲を、既に演奏している。
3曲目Moro、これはZMMのシングルB面収録曲でいまだCD化されていないRyssland Island~、これも驚きの選曲だ!
冒頭からもう、懐かしくて泣けてくる場面の連続だが、2曲目での両手も口も塞がってるのに妙なタメだけで観客を煽る様子や、8曲目でのMichelとの阿吽のかけあいが楽しい。難曲の9曲目だが、MichelはVon Zamla時代から演奏していた曲なので、慣れた様子でこなしているのが見ものだ。そしてMiriodorとの映像は、手練れのミュージシャンたちを目力でコンダクトする姿に、Solaの日本公演を思い出す方も多いのではないだろうか。Miriodor、必死だな。

後半7曲は地元のアコーディオン奏者Fizzeとのデュオ、一部は以前からYoutubeに流れていたものだ。Extra扱いになっているのはカメラ1台によるアマチュアショットだからだろう。しかしカメラは適宜ズームやパンを入れていて、流れは見飽きない。Fizzeは伴奏に回る場面が多いが、穏やかなトーンのアコーディオンは優しい曲調にマッチしていて、実際そういう選曲になっている。しかしLarsから例の即興的掛け合いを挑まれて、真剣に応じる場面もあって、好感の持てるプレイヤーだ。ところでどなたか彼のファーストアルバムを譲っていただけませんか、再発でいいですから(;_;)。

最後のインタビューは英語で話すオフショットだ。SamlaやSolaの事も語っているがそれよりも、彼と話したことがある人には、この喋りそのものが涙ものではないだろうか。

ぜひ皆さん、買って確かめてください。

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2012年3月25日 (日)

sn-11 Lars Hollmerの新作が出る!

http://www.youtube.com/watch?v=RQmqL2sT2CA

米CuneiformのYouTubeチャンネルに、驚くべき情報が投稿されました。Lars Hollmerの新作CD/DVD "Med Mjölad Hand(Skisser) / With Floury Hand(Sketches)" を5月にリリースする、というものです。音源は彼が生前に残していたもの。最終作「Viandra」が発売されてから彼が発病するまで1年、そこから亡くなるまで半年。その間に録音されたものか、あるいはもっと古いソースも含まれるのかもしれません。ただ、(Sketches)という副題があるので、Lars本人が完成品として提示するものではないという含みもありそう、そこは留意が必要なのかも。彼の息子がまとめたとあり、次男のGabriel氏が動いたものと思われます。映像は'05年以降のプロショットいくつか、YouTubeの5分ほどの映像はそのダイジェストでしょう。

個人的にはもちろん期待特大なのですが、実は恐ろしくもあります。私は今でも、ごくたまにですが、LarsやSamlaを聴いていると、あれこれ思い出してしまって耐えがたく辛い気持ちになり、音を止めてしまうことがあるからです。

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2011年5月22日 (日)

si-13a Ur Syncの音声をアップ

si-13 Ur Syncの音声の一部をYoutubeに投稿し、元記事を一部訂正しました。

http://www.youtube.com/watch?v=jMuv-gvRflg

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2011年2月16日 (水)

cg-21 「日本版 21世紀の精神異常者」

21番目の記事ってことで、というより記事を書くのが億劫になってきたので、某所での示唆を受けて作ってみたのが以下です。

http://www.youtube.com/watch?v=QIiKeIeKbUI

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2011年2月 6日 (日)

si-29a ZMM - Lejonet av Ljuga 追記

一昨年紹介したZMMのシングル曲を、Youtubeに動画投稿してみました。削除されたらそれまでです。CD化を願っています。

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2011年1月16日 (日)

p-22 今年もよろしく Maybe he loves Samla

Maybe_he_like_samlaともあれ、今年もよろしくお願いいたします。

写真は昨年、ザッケローニ監督来日のころ、Youtubeを開いたら出ていたものです。

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2010年12月25日 (土)

sn-10 ラーシュの命日

今日25日は、ラーシュの命日です。合掌。
彼はクリスマスには、自らツリーを伐ってきて、子供へのプレゼントも大変気前が良かったそうです。イブの朝7時半には、必ずウプサラ大聖堂のクリスマスミサに出かけるんだと言っていました。

2年前の速報記事では、誤って27日とお伝えしました、ずっとそのままになっていました。お詫びして訂正いたします。

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